奇特にも我がブログを見てくださっている皆さん
こんばんわ、じょうたろちんです
さて今夜は、一つ自分紹介的な話題を書こうと思います
ザーっと書くので、誤字脱字や文法ミス等が沢山あると思いますが
「それでもいいよ」って方は、続きを読むをクリックしてください。
一応、このシリーズは自分紹介は前置きです
なんで自分紹介をするかっていうと
意見を言ってる人間はどういう人なのかっていうのが分からないと
伝えたい事が半分しか伝わらないと自分が思っているからです。
私が生まれたのは昭和50年代中頃です。
3歳の時に父は急性白血病で他界し、
その後は、母と妹と私で生活してきました。
父の顔は全く思い出せませんが、
なぜか父の膝の上にいたという記憶だけは鮮明に残っています。
母子家庭だったため、母が働いていて
よく母方の祖父母の家に預けられていました。
特に祖父は私の事をかわいがってくれてました
(物を買い与えると言いう事じゃないですよ)
祖父は、個人のブロック屋をしており、よく現場作業に一緒に行ったり
休みの日に、魚釣りに一緒に行っていました。
おそらく今の私が機械関係や、魚釣りが好きなのは祖父が現場で
ドリルなどの工具を使っている姿や、魚釣りをしていたのを見ていた影響だと思います。
一方で、昆虫やザリガニ取り等の
当時の子供の遊びも当然やっていましたが
他の子と違ったのは、捕まえた生物を図鑑で調べて
独学で飼育したり、食べられる野山の植物を食べたり
切り傷なんかはそこら辺のヨモギやらで治療してた事ですかね
飼育したり観察をするようになったキッカケは、
誰だったかは忘れましたが保育園の中年組の頃に
小学館の宇宙の図鑑をクリスマスプレゼントにもらったんですよ
(今思えば小学校高学年向けの本を保育園児にプレゼントってすごいな)
難しい文字が読めなかったので、
母等の近しい大人に意味をよく聞いていましたが
当時は宇宙のイラストと写真が載っている本がとても新鮮に思え
何度も何度も読んでましたね。
味を覚えてしまったので、生物図鑑等をよく買ってもらってました。
いわゆる好奇心旺盛な子供だったわけです
おかげで、探検と称して野山や海によく行っては
夕方すぎても帰ってこないで大人たちを心配させたんですよね
おまけに、ドライバーや簡単な工具の使い方を覚えてからは
家にある時計とかリモコンなど簡単な機械類を分解して
組み立てるという趣味が増えたので家族はさらに困ってましたね
ここまで書いてて、4歳~の記憶を映像とともにきちんと思いだせるって事を
嫁や周囲の人間に話したら珍しいって言われましたが
皆さんはどうなんでしょうか?
小学校以降も同じように生物や理科系の本を読んでましたが
周囲の実際の年齢よりも高学年向けばかりだったので、
そういう話題をする自分を気に入らない連中から、いじめを受けていました。
当時はつらかったんですが、大人や友達など周りの協力もあり
剣道を習い始めて腕力というか戦い方を覚えてからは、虐められなくなりました。
(喧嘩して勝ってしまうと相手は何もしてこなくなりました)
ただし高校に入ると喧嘩して怪我をさせると問題が大きくなるので
トラブルは事前に避けられるよう、どんな相手とも合わせられるように
話し方や話題を吸収しては利用するという方法をとるようになりましたね
(これは社会人になってとても役に立ってます)
一方で女性関係といえば、保育園の頃から女の子とは仲良くしてたほうですが
思春期が早く来た事と、生物図鑑か何かでSEXについての知識が
最初からあったので、好きな子がいても高校生になるまでは
ひっじょーに奥ゆかしい自分でしたね
まぁ高校1年生の時に先輩の紹介で3年生の子と付き合いだしてからは
ごくごく一般的な不純異性交遊を謳歌していました。
(言っておきますが浮気は一度もした事がありませんからね!)
勉強の方は好きな分野のみ成績がよく
そのほかは平均的だったので、
担任の先生から「お前は全教科やる気を出せばいいのに」とよく言われてましたね
次回の自己紹介の続きで書きますが、本気を出しすぎると脳に負担がかかる事を
自分でなんとなく理解してたみたいで、やりたい事以外は人並みにこなせばいいと思ってて
やりたい事(放課後の遊びや好きな本を読むとか)に時間を作る為に
学校の授業中は嫌いな教科でも、きちんと授業を受けてノートを取ってました
そうすれば放課後に塾に行かなくてもテストで平均点は取れてたんです。
おかげで塾や家庭教師等、放課後にまた勉強する事無く
公立工業高校受験も推薦受験で合格し
その後の、専門学校も特待生枠で合格できました。
という事で幼少から学生の自分紹介は終了です
ここで子供の教育について書かせていただきます。
最近の子供ってみんな塾に行くのが当然になってますが
これっておかしいですよね?
ちょうど自分の世代ぐらいから、受験がある学校に行くには
塾に通うのが当たり前になってましたが
そもそも、平均的な公立学校に進学するなら
学校で教えてる授業内容で事足りないとおかしいと思いませんか?
自分の考える原因
・親が習い事を強要するから遊ぶ時間がないので学校で授業聞かずに遊ぶ
・教師は授業を聞かない子供を叱ると、やれ体罰だのと親がクレームを言う
・そうなると教師は聞いていようがいまいが勝手に授業する
・教師が勝手に授業を進めるので理解できてない子供は置いてけぼり
・学力が落ちてるので塾に行って勉強しないといけないから遊べない
・遊べないから学校で授業聞かずに遊ぶという負の連鎖
こういう事だと思うんですよね
いや、塾とか家庭教師は悪くないと思うんですよ
ワンランク上の学校で学びたいと子供が思うなら行けばいいし
勉強が苦手な子が、せめて人並みになりたいって思って行くのも有りです
とにかく子供自身が行きたいから行くのは良い事です
しかし、学校の授業をまともに受けないからテストで点が悪い
だから塾でもう一回同じ内容を勉強するって、おかしいでしょ?
金はかかるし無駄ですよね
文部省の偉い人が悪いんじゃないんですよ
こういう風潮を作った大人(自分を含む)みんなの責任だとおもいます
僕は、他人が悪い社会が悪いと責任転嫁してる大人が嫌いです
(と言いつつ、自分も現代社会を作り出した団塊世代が悪いと毛嫌いしてますがね)
自分で何とかするしかないでしょ?
小さい子供がいろんなことに興味を示し出した時に
答えたり教えられない親が悪いんです。
(そりゃ元々出来ない事を聞かれたらしょうがないですけど)
一般的な事を教えられないから塾とかスクールにってのは甘えですね
大人たちは今一度勉強する必要があると私は思いますね
という話をもちまして、今回のお話はおしまいとさせていただきます。
*この記事に関しての御意見ご感想や誹謗中傷は絶賛受付中です
こんばんわ、じょうたろちんです
さて今夜は、一つ自分紹介的な話題を書こうと思います
ザーっと書くので、誤字脱字や文法ミス等が沢山あると思いますが
「それでもいいよ」って方は、続きを読むをクリックしてください。
一応、このシリーズは自分紹介は前置きです
なんで自分紹介をするかっていうと
意見を言ってる人間はどういう人なのかっていうのが分からないと
伝えたい事が半分しか伝わらないと自分が思っているからです。
私が生まれたのは昭和50年代中頃です。
3歳の時に父は急性白血病で他界し、
その後は、母と妹と私で生活してきました。
父の顔は全く思い出せませんが、
なぜか父の膝の上にいたという記憶だけは鮮明に残っています。
母子家庭だったため、母が働いていて
よく母方の祖父母の家に預けられていました。
特に祖父は私の事をかわいがってくれてました
(物を買い与えると言いう事じゃないですよ)
祖父は、個人のブロック屋をしており、よく現場作業に一緒に行ったり
休みの日に、魚釣りに一緒に行っていました。
おそらく今の私が機械関係や、魚釣りが好きなのは祖父が現場で
ドリルなどの工具を使っている姿や、魚釣りをしていたのを見ていた影響だと思います。
一方で、昆虫やザリガニ取り等の
当時の子供の遊びも当然やっていましたが
他の子と違ったのは、捕まえた生物を図鑑で調べて
独学で飼育したり、食べられる野山の植物を食べたり
切り傷なんかはそこら辺のヨモギやらで治療してた事ですかね
飼育したり観察をするようになったキッカケは、
誰だったかは忘れましたが保育園の中年組の頃に
小学館の宇宙の図鑑をクリスマスプレゼントにもらったんですよ
(今思えば小学校高学年向けの本を保育園児にプレゼントってすごいな)
難しい文字が読めなかったので、
母等の近しい大人に意味をよく聞いていましたが
当時は宇宙のイラストと写真が載っている本がとても新鮮に思え
何度も何度も読んでましたね。
味を覚えてしまったので、生物図鑑等をよく買ってもらってました。
いわゆる好奇心旺盛な子供だったわけです
おかげで、探検と称して野山や海によく行っては
夕方すぎても帰ってこないで大人たちを心配させたんですよね
おまけに、ドライバーや簡単な工具の使い方を覚えてからは
家にある時計とかリモコンなど簡単な機械類を分解して
組み立てるという趣味が増えたので家族はさらに困ってましたね
ここまで書いてて、4歳~の記憶を映像とともにきちんと思いだせるって事を
嫁や周囲の人間に話したら珍しいって言われましたが
皆さんはどうなんでしょうか?
小学校以降も同じように生物や理科系の本を読んでましたが
周囲の実際の年齢よりも高学年向けばかりだったので、
そういう話題をする自分を気に入らない連中から、いじめを受けていました。
当時はつらかったんですが、大人や友達など周りの協力もあり
剣道を習い始めて腕力というか戦い方を覚えてからは、虐められなくなりました。
(喧嘩して勝ってしまうと相手は何もしてこなくなりました)
ただし高校に入ると喧嘩して怪我をさせると問題が大きくなるので
トラブルは事前に避けられるよう、どんな相手とも合わせられるように
話し方や話題を吸収しては利用するという方法をとるようになりましたね
(これは社会人になってとても役に立ってます)
一方で女性関係といえば、保育園の頃から女の子とは仲良くしてたほうですが
思春期が早く来た事と、生物図鑑か何かでSEXについての知識が
最初からあったので、好きな子がいても高校生になるまでは
ひっじょーに奥ゆかしい自分でしたね
まぁ高校1年生の時に先輩の紹介で3年生の子と付き合いだしてからは
ごくごく一般的な不純異性交遊を謳歌していました。
(言っておきますが浮気は一度もした事がありませんからね!)
勉強の方は好きな分野のみ成績がよく
そのほかは平均的だったので、
担任の先生から「お前は全教科やる気を出せばいいのに」とよく言われてましたね
次回の自己紹介の続きで書きますが、本気を出しすぎると脳に負担がかかる事を
自分でなんとなく理解してたみたいで、やりたい事以外は人並みにこなせばいいと思ってて
やりたい事(放課後の遊びや好きな本を読むとか)に時間を作る為に
学校の授業中は嫌いな教科でも、きちんと授業を受けてノートを取ってました
そうすれば放課後に塾に行かなくてもテストで平均点は取れてたんです。
おかげで塾や家庭教師等、放課後にまた勉強する事無く
公立工業高校受験も推薦受験で合格し
その後の、専門学校も特待生枠で合格できました。
という事で幼少から学生の自分紹介は終了です
ここで子供の教育について書かせていただきます。
最近の子供ってみんな塾に行くのが当然になってますが
これっておかしいですよね?
ちょうど自分の世代ぐらいから、受験がある学校に行くには
塾に通うのが当たり前になってましたが
そもそも、平均的な公立学校に進学するなら
学校で教えてる授業内容で事足りないとおかしいと思いませんか?
自分の考える原因
・親が習い事を強要するから遊ぶ時間がないので学校で授業聞かずに遊ぶ
・教師は授業を聞かない子供を叱ると、やれ体罰だのと親がクレームを言う
・そうなると教師は聞いていようがいまいが勝手に授業する
・教師が勝手に授業を進めるので理解できてない子供は置いてけぼり
・学力が落ちてるので塾に行って勉強しないといけないから遊べない
・遊べないから学校で授業聞かずに遊ぶという負の連鎖
こういう事だと思うんですよね
いや、塾とか家庭教師は悪くないと思うんですよ
ワンランク上の学校で学びたいと子供が思うなら行けばいいし
勉強が苦手な子が、せめて人並みになりたいって思って行くのも有りです
とにかく子供自身が行きたいから行くのは良い事です
しかし、学校の授業をまともに受けないからテストで点が悪い
だから塾でもう一回同じ内容を勉強するって、おかしいでしょ?
金はかかるし無駄ですよね
文部省の偉い人が悪いんじゃないんですよ
こういう風潮を作った大人(自分を含む)みんなの責任だとおもいます
僕は、他人が悪い社会が悪いと責任転嫁してる大人が嫌いです
(と言いつつ、自分も現代社会を作り出した団塊世代が悪いと毛嫌いしてますがね)
自分で何とかするしかないでしょ?
小さい子供がいろんなことに興味を示し出した時に
答えたり教えられない親が悪いんです。
(そりゃ元々出来ない事を聞かれたらしょうがないですけど)
一般的な事を教えられないから塾とかスクールにってのは甘えですね
大人たちは今一度勉強する必要があると私は思いますね
という話をもちまして、今回のお話はおしまいとさせていただきます。
*この記事に関しての御意見ご感想や誹謗中傷は絶賛受付中です